男性の性機能障害として代表的な勃起不全(ED)のうち、血管や神経の器質的疾患を伴わない「心因性ED(Psychogenic Erectile Dysfunction: pED)」を引き起こす最大の要因が、心理的ストレスに起因する「慢性的な交感神経の過活動とHPA軸の暴走」であることが、自律神経データの比較研究などから報告されています。そして、この暴走する交感神経に対して中枢からブレーキをかけ、勃起開始に不可欠な副交感神経のトーンを回復させるための有効な物理的介入として、「咀嚼(チューイング)」による抗ストレスメカニズムが改めて注目を集めています。
本内容は、心因性ED患者における自律神経活動とストレスホルモンの関係性を調査した研究などを基に解説しています。
Hypothalamic-pituitary-adrenal axis activity and its relationship to the autonomic nervous system in patients with psychogenic erectile dysfunction | Frontiers https://doi.org/10.3389/fendo.2023.1103621
心因性ED患者に特有の「自律神経の不均衡」とHPA軸の過活動
勃起の生理学的開始・維持(Tumescence)のプロセスにおいて極めて重要な前提条件となるのは、「大脳から性的刺激が伝わり、副交感神経が優位になって一酸化窒素(NO)が放出され、陰茎海綿体の血管平滑筋が十分な弛緩を起こすこと」です。逆に言えば、人が緊張状態やストレス環境下にあるとき(交感神経が過剰に興奮しているとき)は、血管が収縮する方向へ働くため、勃起は物理的に阻害・減弱(Detumescence)されてしまいます。
現代社会におけるストレス由来の心因性ED(pED)患者群と、健常なコントロール群の生理データを比較した前述の研究では、pED患者の体内環境において以下の顕著な異常が確認されています。
- 交感神経の過緊張(LF/HF比の上昇): 心拍変動(HRV)の周波数解析において、患者群は交感神経の活動水準を示す「LF/HF比」が明確に上昇している状態にあった。
- 副交感神経の抑制: 同時に、リラックス状態を示すHF成分や、心拍間の副交感神経の働きを示す指標(pNN50など)が著しく低下していた。
- ストレスホルモン分泌の亢進: 心理的ストレス評価スコア(PSS-10)が有意に高いだけでなく、ストレスを司る脳と内分泌のネットワークである「視床下部-下垂体-副腎(HPA)系」が過剰に活性化しており、高濃度のストレスホルモンに晒され続けていることが判明した。
急性ニコチン摂取によって交感神経が急激に興奮した直後に勃起の増大が阻害される実験結果(※PMC4004643等)などが示す通り、自律神経バランスの乱れはEDの「結果」ではなく直接的な「メディエーター(媒介要因)」として機能しています。
「咀嚼」による中枢性ストレスバッファ機能の活用
こうした心因性の要因に対して、薬物投与に頼らずに脳内の自律神経中枢のトーンを強制的に整える生体ハックとして機能するのが「咀嚼運動」の反復です。
一定のテンポと強度で食べ物やガムを噛み続ける行為(リズミカルなチューイング)は、感覚受容器から三叉神経を通じた入力信号を脳幹の網様体などへ送り続けます。過去の多数の神経科学的知見から、この咀嚼入力は以下のような特異的な「抗ストレス効果(アキシオリティック効果)」を引き起こすことが示されています。
- 視床下部に至る神経投射を通じ、過活動状態に陥っているHPA軸に対して抑制のフィードバック(ブレーキ)をかける。
- 持続的なストレスによる血中コルチゾール等の過剰分泌を物理的に低下させる。
- 交感神経の異常な高ぶりを鎮静化し、相対的に副交感神経の活動を回復させる。
つまり、心因性EDの基底にある「過剰な緊張とストレス」を、咀嚼という顎の物理的リズム運動によって直接相殺できる可能性が示唆されているということです。
器質的リスクも同時に低減させる「最強の非薬物アプローチ」
さらに、EDの発症原因を代謝・血管の面(器質的要因)から見た場合においても、咀嚼は強力な予防効果を発揮します。よく噛むことで生じるインクレチン(GLP-1)の分泌増加は、インスリン抵抗性を改善し、結果として肥満や高血圧、動脈硬化の発進リスクを根本から低減します。これらはいずれも、陰茎周りの細い微小血管の機能を破壊し器質性EDを招致する主要なリスク因子(※Annals of Internal Medicine報告など)です。
咀嚼機能への介入は、心理的ストレスを緩和して副交感神経のスイッチを入れる「中枢における神経アプローチ」と、糖代謝を最適化し血管内皮の柔らかさを保つ「末梢における血管アプローチ」の双方を一挙に解決し得ることから、性機能の維持回復に向けた非常に安全で合理的な日常的予防手段として機能していくと考えられています。
この記事の科学的根拠(参考文献)
Hypothalamic-pituitary-adrenal axis activity and its relationship to the autonomic nervous system in patients with psychogenic erectile dysfunction
Frontiers in Endocrinology (2023)
Published in: Frontiers in Endocrinology
心因性ED患者において、心理的ストレスと自律神経(交感神経・副交感神経)の不均衡、およびHPA軸の過活動が複雑に関連して勃起能を阻害しているメカニズムを比較した研究。