日本の健康診断において、「歯の健康状態」は長らく軽視されてきました。虫歯や歯周病のチェックは行われても、それが全身の健康、とりわけ糖尿病や肥満、高血圧といった「生活習慣病」とどうリンクしているかを評価する仕組みは、ほとんどの医療機関に存在しません。
これまで歯科医が重要視してきたのは「8020運動」に代表されるような、「口の中に歯が何本残っているか(現在歯数)」という指標でした。しかし近年、予防医学の最前線では、単なる歯の本数以上に精密なリトマス試験紙が注目されています。
それが「機能的歯牙単位(Functional Tooth Units:FTU)」という概念です。FTUを知らずして、今後の医療費削減や根本的なアンチエイジングを語ることはできません。
「すれ違いの歯」はカウントされない。FTU(機能的歯牙単位)とは何か
現在歯数(ただ生えている歯の数)の致命的な欠点は、「上顎に10本、下顎に10本歯が残っていても、それが上下で全く噛み合っていなければ(すれ違い咬合)、物を噛み砕く能力(咀嚼効率)はゼロに等しい」という物理的事実を無視している点です。
これを是正するために考案されたのがFTUです。FTUは、「上下で機能的にしっかりと噛み合っている歯のペア」を1単位としてカウントします。
- 例えば、上下の第一大臼歯(奥歯)がしっかり噛み合っていれば、それだけで咀嚼の大きな面積を担保する強力なスコアとなります。
- 逆に言えば、「前歯しか噛み合っていない」状態は、いくら歯の本数が多くてもFTUのスコアは絶望的に低くなります。
FTU低下が直結する「代謝と循環のリスク」
なぜ、FTUのスコアが生活習慣病の予測モデルとして機能するのでしょうか?(E07関連のエンドポイント評価)
- 炭水化物(柔らかい糖質)への依存化: FTUが低下(奥歯が喪失して噛み合わなくなる)すると、肉類や根菜などの細胞壁が硬い食材(タンパク質や食物繊維)が物理的に噛み切れなくなります。結果として、患者は無意識のうちに「噛まずに飲み込める、うどんやパン、柔らかいお菓子」といった糖質過多の食事へとシフトします。これが数ヶ月〜数年続くと、慢性的なタンパク質不足と血糖値スパイクの連鎖を引き起こし、あっという間にHbA1c(糖尿病マーカー)が悪化します(E06関連)。
- 脳血流ポンプの機能不全と内分泌系の異常: FTUの低下は「強い力で食いしばる・すりつぶす」という顎の筋肉の活動量(運動量)を激減させます。頭部への血流ポンプが衰えることで認知機能の低下リスクが高まるだけでなく、胃腸への事前サインである「唾液の分泌量」や、咀嚼刺激によって誘発されるはずの「満腹ホルモン(インクレチン等)」の分泌タイミングが大幅に遅れ(E14)、恒常的な過食を引き起こします。
歯科・医科連携による「全身介入」のパラダイム
内科医が患者のメタボを治療する際、「食事のカロリーを減らしましょう。運動しましょう」と指導しても効果が出ない場合、その原因は「患者に意志力がないから」ではなく、「患者のFTUがすでに崩壊しており、物理的にヘルシーな食事(硬い野菜や肉)を摂取できる設備(インフラ)が口の中に存在しないから」である可能性が高いのです。
これからの医療(特に高齢者や糖尿病予備軍に対するケア)において必要なのは、内科と歯科の完全な連携です。血液検査の数値を見る前に、まず口の中を開けさせ「FTUスコア」を測る。もしスコアが低ければ、ダイエット指導の前に「義歯やインプラント、あるいは咀嚼トレーニングによって、上下の噛み合わせペア(FTU)を再構築すること」こそが、最も確実で費用対効果の高い「全身治療の第一歩」なのです。