健康的な間食として認知されているアーモンドやクルミなどのナッツ類ですが、その健康効果(満腹感の持続や体重管理の優位性)を最大限に引き出す決定的な要素が「嚥下(飲み込む)直前の食物の粒子サイズ」、すなわち「咀嚼回数」にあることが、摂取形態別の比較検証実験によって明らかになりました。十分な咀嚼回数を費やさずに大きな粒子のまま飲み込むと、消化管におけるホルモン分泌動態が狂うばかりか、満腹中枢への到達が大幅に遅れることが報告されています。
本内容は、オープンアクセスジャーナル「Nutrients」に掲載された実環境下でのナッツの咀嚼に関する論文にて確認可能です。
Mastication of Nuts under Realistic Eating Conditions: Implications for Energy Balance | Nutrients https://doi.org/10.3390/nu10060710
ナッツの「形態」と「咀嚼回数」がホルモンを左右する
ナッツ類は脂質やタンパク質、食物繊維を豊富に含み、一般的に「腹持ちが良い(Satietyを高める)」とされていますが、摂取のしかた(よく噛んで食べるか、ペースト状で食べるかなど)によって人体が受ける代謝フィードバックは異なります。
同研究では、クルミなどのナッツの摂取形態を「(A)ホールのまま提供して咀嚼させる」「(B)あらかじめナッツバター(ペースト)状にしたものを提供する」といった複数の条件で比較し、満腹感をもたらす消化管ホルモンの推移と主観的な空腹度を測定しています。
- ナッツバターの急速消化: あらかじめ微細に粉砕されているナッツバターの場合、胃腸への到達直後から圧倒的な表面積によって消化酵素が作用するため、食後初期(約30〜60分)にGLP-1などの食欲抑制ホルモンが鋭く立ち上がりますが、その後の減衰も早くなる傾向が観察されています。
- ホールナッツ咀嚼時の持続的フィードバック: 一方で、ホールナッツを適正な回数咀嚼してから飲み込んだ場合、食塊の中には微細な粒子と少し大きめの粒子が混在するため、消化器官に沿ってゆっくりと消化吸収が進みます。その結果、消化管ホルモンの分泌が持続的かつなだらかに継続し、次の食事までの「長期的な満腹感の担保」に貢献することが確認されています。
「適当に噛んで飲み込む」ことによるエネルギー損失の逆転現象
さらに興味深い点として、意図的に咀嚼回数を減らして(例:通常の半分の回数で)ナッツを嚥下させた場合、消化器官内での反応が根本的に崩れることが示唆されています。
嚥下前の食塊サイズが極端に大きい(粒子が粗い)場合、ナッツの中に含まれる脂質カプセル(細胞壁)が十分に破壊されないまま胃や小腸を通過します。結果として、消化酵素(リパーゼ等)が内部の脂質にアクセスできず、大量の脂肪分が未消化のまま大腸へ送られ、最終的には便として体外へ排出されることとなります(排泄される不要エネルギーの増大)。 短期的・カロリー計算上の観点からのみ見れば「吸収カロリーが減るため痩せやすい」と誤解されがちですが、この未消化物の大量流入は以下の弊害をもたらすと指摘されています。
- 満腹感シグナルの遅延や喪失による**その後の過食(代償的なカロリー摂取増)**の誘発
- 小腸の消化吸収がスキップされることで、正常な「食事による血糖値の上昇」と「インスリン依存性の満腹中枢作動」が機能不全に陥るリスク
- 大腸内における未消化タンパク質や脂質の腐敗進行を通じた腸内細菌叢(マイクロバイオータ)への悪影響
血中への移行を最適化する「長安の咀嚼」
食物を十分に噛み下すことには、口の中で食材の細胞壁を破壊し、内部の栄養素を最適化された表面積で緩やかに溶出させるという「プレ消化(事前消化)」の機能が備わっています。
本実験の知見は、サプリメントの錠剤を飲み込むような「早食い」や「丸飲み」が、例え健康に良いとされる抗酸化物質や食物繊維を含む食材であったとしても、その効能の大半を無効化してしまうという事実を如実に物語っています。食物の粒子サイズを口腔内で徹底的に細かくする(液状になるまで噛む)行為は、単なるマナーや喉の詰まり防止策ではなく、消化管ホルモンの分泌タイミングを秒単位で最適化し、過食と肥満を防ぐための極めて精密な生体ハック(介入手段)であるとのことです。
この記事の科学的根拠(参考文献)
Mastication of Nuts under Realistic Eating Conditions: Implications for Energy Balance
Richard D. Mattes (2018)
Published in: Nutrients
ナッツの咀嚼回数と嚥下時の粒子サイズが消化吸収・満腹感ホルモン応答に与える影響を検証。咀嚼が不十分な場合、未消化のまま排出されるエネルギーが増加し、逆にしっかり咀嚼することで満腹中枢が早期に刺激されることを示した研究。