「よく噛むことが髪の毛に良い」という一見すると突拍子もない仮説には、最新の解剖学とメカノバイオロジー(機械的刺激が細胞に与える影響の学問)に基づく極めて論理的な裏付けが存在します。ガムを噛む程度の日常的な咀嚼行為であっても、顔面から側頭部を覆う巨大な「咀嚼筋群」が連動して動き、それが頭皮そのものに物理的なストレッチと血行促進作用(内なる頭皮マッサージ効果)をもたらすことが確認されています。
本内容は、頭皮への物理的刺激が毛髪径に与える影響を検証した研究(PMC4740347「Standardized Scalp Massage Results in Increased Hair Thickness by Inducing Stretching Forces to Dermal Papilla Cells in the Subcutaneous Tissue」)の知見ならびに関連する解剖学的考察に基づいています。
Standardized Scalp Massage Results in Increased Hair Thickness by Inducing Stretching Forces… | ePlasty https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4740347/
側頭筋の収縮が生み出す「内なる頭皮マッサージ」
食事の際に食物を咀嚼する運動は、単に口の周りの筋肉(口輪筋や咬筋など)だけで完結しているわけではありません。下顎を強力に引っ張り上げ、食物をすり潰すための巨大なパワーソースの一つに「側頭筋(Temporalis muscle)」が存在します。
側頭筋は、下顎骨から起始し、耳の上あたりを通って側頭骨の表面を扇状に広く覆い尽くしています。そしてこの側頭筋の上端は、頭全体をヘルメットのように覆っている強靭な結合組織「帽状腱膜(Galea aponeurotica)」にピタリと隣接・連結しています。
実際に被験者にガムを咀嚼させて顔面や頭部の筋肉の活動状況(筋電図やサーモグラフィー)を計測すると、安静時に対して側頭筋周辺や顔面の表面温度が急激に上昇し、広範囲にわたる筋活動が確認されます。 すなわち、強力な反復的咀嚼が行われると、以下のような物理的な波及が頭部に起こります。
- 側頭筋がリズミカルに収縮・弛緩を繰り返す。
- これに連動して、隣接する帽状腱膜が引っ張られたり緩んだりする。
- その結果、帽状腱膜の上に乗っている「頭皮全体」に対して、継続的な下方向への牽引力(ストレッチフォース)がダイナミックに発生する。
これは文字通り、手を使って頭を揉む「外部からの頭皮マッサージ」と全く同じ物理的刺激を、自身の咀嚼筋を使った「内側からの自己マッサージ」として頭皮全体に継続的に付与している状態と言えます。
重力に抗い、毛包に酸素と栄養を送り込むポンプ作用
頭皮の上部(特に頭頂部)は、心臓から最も高い位置にあるうえ、分厚い筋肉が存在しないため、重力の影響によって血流が最も滞りやすく、うっ血を起こしやすい過酷な環境にあります。血流が低下した頭皮では、真皮の深層にある毛包(Hair follicle)へ十分な毛細血管ネットワークが構築できず、髪の生成に必要な酸素や栄養素、ホルモンの供給が途絶えてしまいます。
ここで、咀嚼による「側頭筋からの強烈な物理的ポンプ作用」が決定的な役割を果たします。咀嚼のたびに側頭部の筋肉が収縮と膨張を繰り返すことで、周囲の血管網に生じる圧力勾配が頭部全体の血流を強力に押し出すポンプとして機能します。
この内側からのマッサージ効果は、ただの一時の血行改善に留まりません。毎回の食事でしっかり噛んで食べる習慣(あるいは長時間のガムの咀嚼)を持つことは、1日のうちに何度も頭皮の血が入れ替わるフラッシング(洗浄・循環)タイムを設けることを意味しており、加齢や重力によってもたらされる頭部全域の微小循環の悪化を物理的に阻止し、毛髪の成長期(Anagen phase)を維持するための完璧な土台を提供しているとのことです。
この記事の科学的根拠(参考文献)
Standardized Scalp Massage Results in Increased Hair Thickness by Inducing Stretching Forces to Dermal Papilla Cells in the Subcutaneous Tissue
Taro Koyama, Kazuhiro Kobayashi, Takanori Hama, Kasumi Murakami, Rei Ogawa (2016)
Published in: ePlasty
頭皮への物理的なストレッチ刺激(マッサージ)が毛乳頭細胞のメカノバイオロジーに関与し、NOGGINやBMP4などの発毛促進遺伝子をアップレギュレートし、IL6などの脱毛誘導遺伝子をダウンレギュレートすることで毛髪の太さを増加させることを証明した研究。